secret日和
シャドウイーター 【第十四話】
「あれ?」
 参考書の詰まったリュックを背負ったところで、勝利は異変に気がついた。
 蛍光灯がちりちりと瞬いて、ふつりと消えた。
「停電?」
 廊下から、要の声が飛んでくる。

「もしかしてもう六時回っちゃった? 機械警備はじまるとか言ってたよな?」
 薄闇の中でうまく机をすり抜けながら、勝利は廊下に声を投げた。
「まだ五時半をすぎたぐらいだけど……」
 腕時計を確かめて、要が答えた。廊下ものっぺりと暗い。窓の近くに立っている要の、やわらかそうな茶の髪がぼんやりと浮かび上がっていた。
「雷がどっかで鳴ってたけど、落ちたみたいには聞こえなかったしな」
「早く学校を出たほうがいい」
 ぺたぺたと要に歩み寄った勝利の死角から、別の声が割って入った。
「うわ、都佳沙! いきなり出てくるなよ!」
「さっきからここにいたよ」
 全く勝利はこれだから、周りへの注意力が云々。普段の都佳沙ならば、ちくちくと言葉の刃で勝利を責めさいなむところなのだが、今の彼は寡黙だった。
 ちりちりと、天井がきらめいた。幾度かまたたきを繰り返して、蛍光灯が再び青白く廊下を照らし出す。勝利の目に、やけにこわばった顔立ちの都佳沙が飛び込んできた。
「……何かあったのか? “そっち”系の話で?」
 都佳沙は右手に携帯電話を握っている。先程まで、都佳沙がとんでもなく男前の叔父上と会話していたのを、勝利は知っている。
「つながらなくなった」
 手にした機械端末を少しだけ持ち上げて見せて、簡潔に都佳沙は言った。
「え、なんで」
 思わず勝利もポケットから自分の携帯電話を引っ張り出す。フリップを開いた液晶画面には、「圏外」の文字が浮かんでいた。顔を上げて要を見ると、彼もまた首を横に振ってみせる。
「それに、おかしいと思わないか。人が少なすぎる」
「六時までに帰れって言われてるから、じゃないのか?」
「聞き分けがよすぎるよ。六時までまだ三十分近くある。普段はもっと、みんなわがままだと思うけど」
 言われてみればそうだ。まだ刻限まで三十分あれば、生徒が残っていてもおかしくはない。けれども、今この階にいるのはおそらく自分たちだけだ。
「とりあえず、出よう。出られればの話だけど」
 颯爽と都佳沙が階段のほうへ歩き出した。勝利はその背に、初めて危機感を覚えた。
 都佳沙は、焦っているように見えた。救いを求めるように要を見たが、困ったような眼差しを返されただけだった。
 今までどんな事態に陥っても、都佳沙が取り乱したのを勝利は見たことがない。
 だからこそ、安心感があったのだ。大きな背もたれにもたれかかっている心地だった。都佳沙には、冷静に事態を判断する観察力と、常に磨いてきた力への自信がある。それは、いつも揺るがぬものだと思っていた。
「悪いけど」
 足早に階段を下りながら、都佳沙が自嘲めいた笑みを漏らした。
「今回は―――今回だけは、守ってあげると、断言できない」
 搾り出すように呟いて、都佳沙は唇を噛んだ。
「都佳沙、シャドウイーターって」
 一階まで下りきったところで、要が口を開いた。
 数歩先を歩いていた都佳沙が、ふと足を止めた。
「シャドウイーターは、どうして、力のある人間の天敵なの」
 都佳沙は振り返らずに、彫像のように立ち尽くしていた。窓ガラスや屋根に叩きつける雨の音が、さあさあと沈黙を埋める。
「それは……」
 痛々しいしじまのあと、都佳沙は静かに唇を震わせた。
 しかし、言葉の先は、勢いよくがらりと開け放たれる扉の音に掻き消された。
 三人は弾かれたように、長く伸びる廊下を見た。校長室や職員室が並ぶ廊下だ。開いたのは、保健室の扉だった。緩やかな足取りで、人影が廊下に現れる。
「きみは……」
 都佳沙の呟きに、人影がゆっくりと顔を上げた。階段の傍に立ち尽くす三人を順繰りに眺めて、最後に都佳沙に目を留める。
 血の気のない顔でうっすらと微笑し、少年は三人のほうへ歩み寄ってくる。
 都佳沙は彼の名を思い出そうとして、つまずいた。舌打ちしそうになる。この間、聞いたばかりだというのに。
「困ったな、まだ残っていたんですか、銀先輩」
 麻生貴行はまるで泣き出しそうな顔で微笑した。
 その途端、勝利の体がぐらりと、膝から崩れ落ちた。


【つづく】
2007.07.30 * シャドウイーター * CM:0 * TB:0 * top↑
  
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    ■大雑把O型

    ■現在フリーライターとして、アニメ関係に携わっています。まだまだ駆け出しなので、これから腕を磨いていきたい。
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